画賛と俳画と俳写
2015/7/5 俳写倶楽部定例会-73回 ※プリント用
画賛と俳画と俳写
正岡子規随筆集「病床六尺」の中で、子規は画賛について述べています。画賛とは山水画等に詩を書き加えたもので、簡略化された絵に俳句の賛を添え、その絵の不足を補うなどは面白いと言っています。
この随筆を読みますと、画賛の俳画はどうも私達が現在勉強している「俳句写真」の世界と共通点が多くみられます。
文中で使われる「画」の部分を「写真」に、「賛」の部分を「俳句」に、置き換えてみますと説得力があります。
例えば、 【資料/別紙】
◉ある画(写真)に賛(俳句)をする時にはその賛(俳句)とその画(写真)と重複しては面白くない。云々‥‥又は、
◉画(写真)ばかりでも不完全、句ばかりでも不完全という場合に画(写真)と句を併せて、初めて完成するようにするのが画賛(俳写)の本意である。云々‥‥。
この様に病床の子規さんから、いろいろと貴重なご指摘を頂くのですが、さて実作でそれをどう生かせるか? となるとそう簡単にはゆきません。
マア、それはそれ、俳写の第二の本意である、苦しみを楽しみに置き換えて、まず一句。
●不自由は不自由として俳写なぞ 尊晴
MEMO
【資料-1/別紙】 正岡子規「病床六尺」部分---57